島根史学会会報の第58号が島根大学附属図書館「しまね地域資料リポジトリ GO-GURA」で公開されました。下記の2本の論文が掲載されています。いずれも若手研究者による戦国大名毛利氏に関わる論文です。
https://coc.lib.shimane-u.ac.jp/ja/8352
- 水野椋太 氏 戦国大名毛利氏の出雲国支配-富田城主と毛利氏奉行人を中心に-
- 伊藤大貴 氏 石見銀山周辺の浄土宗寺院と毛利氏
島根史学会会報の第58号が島根大学附属図書館「しまね地域資料リポジトリ GO-GURA」で公開されました。下記の2本の論文が掲載されています。いずれも若手研究者による戦国大名毛利氏に関わる論文です。
https://coc.lib.shimane-u.ac.jp/ja/8352
日 時 2021 年 6 月 27 日(日)9:30開場 10:00~12:00
会 場 今市コミュニティセンター大会議室(出雲市今市町本町1578-島根史学会は、島根考古学会、戦後史会議・松江とともに、島根県知事、島根県教育長、出雲市長、出雲市教育長あてに、大社基地遺跡群の調査・指定・保存を求める要望書を提出しました。
島根史学会会長 竹永三男
島根考古学会会長 松本岩雄
戦後史会議・松江世話人代表 若槻真治
私たちは、アジア・太平洋戦争末期に海軍航空基地として建設された、島根県出雲市斐川町出西・直江・荘原地区を中心とした広い地域に存在する大社基地及びそれに附属する遺跡群(以下、大社基地遺跡群と呼ぶ)の学術調査と保存、ならびに文化財指定を要望します。
大社基地遺跡群は、アジア・太平洋戦争当時の海軍航空基地として、その遺構を良好に残す島根県最大規模の、また全国的にも稀有の戦争遺跡です。
アジア・太平洋戦争の末期には、戦況の悪化とともに、首都圏、大都市圏、九州南岸などに点在していた陸海軍の航空基地は次々と空襲を受けました。そこで、本土決戦に備えて航空機を温存しようとした軍部は、空襲による被害が比較的少ないと考えられた日本海側に航空基地を移転しようとしました。そして、1945年(昭和20)3月から6月にかけて、120m×1700mの主滑走路(そのうちコンクリート舗装部分60m×1500m)と、30m×600mの応急離陸路等を持つ海軍航空基地が、国民学校生までをも動員して急遽建設されることになりました。こうして建設された大社基地は、当時、西日本最大の爆撃・雷撃の拠点でした。
大社基地遺跡群には、現在でも主滑走路のおよそ半分が当時のままの状態で残されているほか、その周辺には、東西およそ6キロメートル、南北およそ6キロメートルの範囲で、配備された爆撃機「銀河」の掩体、爆弾や魚雷を格納した地下壕、兵舎跡、対空機銃陣地跡、基地設営隊本部が置かれた旧出西国民学校校舎などが残されています。国立公文書館アジア歴史資料センターでは、大社基地等の造営を担った舞鶴海軍鎮守府所属第338設営隊の戦時日誌など、関連する多くの文献資料が確認できるという点でも、貴重な遺跡です。
以上のように、大社基地遺跡群は、海軍航空基地としての規模が大きいこと、主滑走路と附属施設が建設当時の原状をよく残していること、関連する文献資料が豊富なことなどから、戦争遺跡として全国的にも稀な、貴重な文化財であると考えます。このことは県内でも夙に注目されており、島根県教育庁文化財課編『島根県の近代化遺産島根県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書』(平成14年3月、島根県教育委員会)にも「陸上自衛隊出西訓練場(海軍大社基地関連施設群)」として掲載されています。
このことに加え、大社基地遺跡群は、貴重な平和学習の場として、これまでも、また現在も学校教育・社会教育で活用されています。特に主滑走路は、子供たちが戦争の実態や当時の雰囲気を実感する上で格好の教材として活用されています。
このように大社基地遺跡群は、戦争遺跡として島根県を代表する貴重な文化財であるにもかかわらず、これまで開発に伴う発掘調査が行われた以外には公的な学術調査は行われておらず、調査・研究は、もっぱら民間研究者による個別的な努力に委ねられてきました。そのため各種の遺構の正確な分布調査は十分にはなされておらず、学術的研究もなお不十分な状態にあります。
現在、大社基地遺跡群の中の主滑走路の大部分は民間に売却されることになり、落札者が確定したと報じられています。このことも、学術的調査と研究が不十分であったこと、その必要性を文化財保護行政当局に働きかけなかったことによるものとして、私たち研究団体としても、深く反省すべきことと考えております。
以上のことから、私たちは、大社基地遺跡群について、以下のことを要望します。
1.大社基地遺跡群の総合的な学術調査を行うこと。
2.大社基地遺跡群を県指定史跡に指定して保存すること。
3.貴重な戦争遺跡として保存管理計画を策定し、今後の整備と活用について検討すること。
以上
今後は、3団体で「大社基地の明日を考える会」を発足し、大社基地遺跡群の調査、指定、保存活動を展開します。
島根県出雲市斐川町にある旧海軍大社基地遺跡群を紹介するリーフレットが完成しました。このリーフレットは島根史学会、島根考古学会、戦後史会議・松江が共同で作成したものです。
下記のリンク先URLからPDF版をダウンロードできるように致しましたので、ぜひ御覧下さい。
旧海軍大社基地遺跡群のリーフレット (180メガバイトほどありますのでご注意ください)
下記のように研究会を開催します。 どなたでも参加できます。参加される場合は下記のフォームに氏名、メールアドレスを記入し、参加日(3月20日)をお選び下さい。
追って参加方法についてメールでお知らせします。
菅首相は、昨年の日本学術会議第25期の開始にあたって同会議が推薦した会員候補105名の中、同会議第一部に属する人文・社会科学系の会員6名の任命を拒否しました。このことについて、日本学術会議は、菅首相に対し、「任命拒否」の理由説明とともに、6名の任命を繰り返し求めていますが、今日に至るまで、菅首相は「任命拒否」を撤回せず、明確な理由を具体的に説明しない対応を続けています。
島根史学会では、この問題を承けて、事務局会議で事実経過と問題の所在を検討し、その内容を会員に知らせてきましたが、
①上記のように事態が打開されないままでいること、
②この問題が「歴史学の研究および歴史教育の充実と発展を図」るという本会の目的(「島 根史学会規約」第二条)の基盤である「学問の自由」と密接に関わること、
③菅首相の対応は、日本学術会議が政府から独立して活動を進める前提条件である会員の 任命を拒否することによって、この「学問の自由」を侵害するものであること、
との認識に立って、事務局幹事による協議を経てこの「会長声明」を出し、菅首相に抗議の意思を表明して「任命拒否」の理由を明確かつ具体的に説明するとともに、6名の速やかな任命を求めるものです。
(1)菅首相による「任命拒否」の問題点と抗議の動きの特徴
菅首相が日本学術会議が推薦した6人の会員候補の任命を拒否したことは、①「日本学術会議法」の規定とその運用経緯に反するとともに、②「任命拒否」の理由を今に至るまで明確・具体的に説明せず、③その時々の「理由説明」も、内容が変転し、事実にも反するという問題があります。
このことについては、日本学術会議および「任命拒否」された6人の会員候補の方々からの反論と任命を求める要請が繰り返し出されていますが、全国の学会・研究会に加え、映画監督などの芸術関係者、生長の家などの宗教団体、日本野鳥の会などの自然保護関係団体等の広範な団体・個人から、それぞれの団体等の課題・目的等に照らして問題点を指摘した抗議声明が出されていることが注目されます。
この動きを学会・研究会について見れば、これまで政府方針に異を唱えたことがなかった学会からも抗議声明が出されている外、抗議の動きが「任命拒否」された会員候補が属する人文・社会科学系の全国学会だけでなく、自然科学系の学会、全国各地の地域学会・研究会にも拡がっていることも大きな特徴です。そこには、「言語表現を取り扱うわが学会としては、任命拒否の理由を菅総理がまともに説明しようとせず、無効で無内容な言い逃れを重ねていることをも看過できません。……頼むから日本語をこれ以上痛めつけないでいただきたい。」(上代文学会常任理事会「抗議声明」)という辛辣で痛切な抗議が見られますが、専門知に対する軽視とご都合主義的な利用に対する危機感に基づく批判が、各学会等の声明に広く見られます。
しかし、それにも拘わらず、菅内閣の頑なな対応のために解決の曙光すら見えないこと、そのためもあってこの問題に関するメディアの報道が昨年末から減少している上、「コロナ禍」の報道に隠れて目立たなくなっていることもあり、広範な学会等の抗議が国民・人々の間に拡がるには至っていません。
(2)日本学術会議の改革の努力
日本学術会議は、1948年7月、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし」て創立されました(「日本学術会議法」前文)。同法「前文」のこの宣言は、戦前の学問弾圧とその後の大学・研究者の戦争協力の反省に立ってなされたものですが、「科学者の総意」を結集するために、設立時の日本学術会議は、「立候補・公選」によって会員を選出していました。
会員選出方法は、その後の数次の法改正で、学協会による推薦制等を経て、会員による直接推薦・選出制(内閣総理大臣による形式的任命)という現行制度に変わりましたが、日本学術会議は、創立の精神に立って「日本の科学者コミュニティを代表する機関」としての責務を果たすため、「日本学術会議憲章」(2008年4月8日)を制定・普及するとともに、会員に加えての2000人規模に及ぶ「連携会員」制度の活用、「日本学術会議協力学術研究団体規程」に基づく2073団体の「学術研究団体」「学術研究団体の連合体」と協力して活動を進めています。
さらに昨年12月16日には、「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて(中間報告)」(日本学術会議幹事会策定)を発表し、全国2073の「日本学術会議協力学術研究団体」から広く意見を募って、「科学的助言機能の強化」「対話を通じた情報発信力の強化」「会員選考プロセスの透明性の向上」「国際活動の強化」「事務局機能の強化」の5つの課題を設定して、改革と機能強化に取り組んでいます。
この「中間報告」では、また、日本学術会議の設置形態についても検討するとしていますが、その際、「①学術的に国を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性」の5点を兼ね備えることが必要としています。このことは、日本学術会議の設置経緯・目的とこれまでの活動、諸外国の「ナショナルアカデミー」の事例に照らしても的確な提案と考えられます。
(3)当面する問題と島根史学会での取り組みの意義
以上の諸点に照らして見ると、菅首相による「任命拒否」の固執、日本学術会議を独立行政法人等に改編するなどの自民党プロジェクトチームの提言(12月11日)は、日本学術会議の設立の精神とそれに基づく安倍内閣以前の歴代内閣の措置(日本学術会議の推薦候補を首相は形式的に任命)に反するものであるとともに、日本学術会議が「日本の科学者コミュニティを代表する機関」としての機能を引き続き発揮するために進めている自主的な改革努力を困難にするものと言わねばなりません。
この問題に関する最近の報道の減少と国民・人々の間への問題の拡がりの停滞の中で、事態を打開する鍵の1つは、日本学術会議と広範な国民・人々を結びつける役割を期待されている、全国各地の学会・研究会が、それぞれの地域で、それぞれの地域の人々に対して、この問題を広く知らせていくことであり、島根史学会が、菅首相による学術会議会員「任命拒否」問題に取り組む意義と必要性もこの点にあると考えます。
この学術会議問題を、現在の「コロナ禍」の収束のために政府・自治体が行政責任を発揮することとの関連で言えば、強力で有効な施策を展開するために必須の条件は、民主主義の徹底であると考えます。「任命拒否」とその理由を説明しないという事態は、このような民主主義の徹底という点でも強い不安を覚えるものです。
以上の見地に立って、島根史学会会長として、菅首相に抗議の意思を表明するとともに、6名の「任命拒否」の理由を説明すること、6名を速やかに任命することを求めます。
島根史学会会報第64号を発行しました。内容は下記のとおりとなっています。 【論文】 田村 亨「佐々木義清・政義・泰清考-鎌倉中期の幕府権力と出雲国-」 高屋茂雄「中世石見国における合戦の場と空間支配-「切処」「通路」「多和」「多尾」を中心に-」 若槻真司「「戦争遺跡」文化財...