2021年2月3日水曜日

菅首相の日本学術会議会員候補推薦拒否問題に関する島根史学会会長声明

2021年2月2日 島根史学会会長 竹永三男

 菅首相は、昨年の日本学術会議第25期の開始にあたって同会議が推薦した会員候補105名の中、同会議第一部に属する人文・社会科学系の会員6名の任命を拒否しました。このことについて、日本学術会議は、菅首相に対し、「任命拒否」の理由説明とともに、6名の任命を繰り返し求めていますが、今日に至るまで、菅首相は「任命拒否」を撤回せず、明確な理由を具体的に説明しない対応を続けています。
 島根史学会では、この問題を承けて、事務局会議で事実経過と問題の所在を検討し、その内容を会員に知らせてきましたが、
①上記のように事態が打開されないままでいること、
②この問題が「歴史学の研究および歴史教育の充実と発展を図」るという本会の目的(「島 根史学会規約」第二条)の基盤である「学問の自由」と密接に関わること、
③菅首相の対応は、日本学術会議が政府から独立して活動を進める前提条件である会員の 任命を拒否することによって、この「学問の自由」を侵害するものであること、
との認識に立って、事務局幹事による協議を経てこの「会長声明」を出し、菅首相に抗議の意思を表明して「任命拒否」の理由を明確かつ具体的に説明するとともに、6名の速やかな任命を求めるものです。

(1)菅首相による「任命拒否」の問題点と抗議の動きの特徴
 菅首相が日本学術会議が推薦した6人の会員候補の任命を拒否したことは、①「日本学術会議法」の規定とその運用経緯に反するとともに、②「任命拒否」の理由を今に至るまで明確・具体的に説明せず、③その時々の「理由説明」も、内容が変転し、事実にも反するという問題があります。
 このことについては、日本学術会議および「任命拒否」された6人の会員候補の方々からの反論と任命を求める要請が繰り返し出されていますが、全国の学会・研究会に加え、映画監督などの芸術関係者、生長の家などの宗教団体、日本野鳥の会などの自然保護関係団体等の広範な団体・個人から、それぞれの団体等の課題・目的等に照らして問題点を指摘した抗議声明が出されていることが注目されます。
 この動きを学会・研究会について見れば、これまで政府方針に異を唱えたことがなかった学会からも抗議声明が出されている外、抗議の動きが「任命拒否」された会員候補が属する人文・社会科学系の全国学会だけでなく、自然科学系の学会、全国各地の地域学会・研究会にも拡がっていることも大きな特徴です。そこには、「言語表現を取り扱うわが学会としては、任命拒否の理由を菅総理がまともに説明しようとせず、無効で無内容な言い逃れを重ねていることをも看過できません。……頼むから日本語をこれ以上痛めつけないでいただきたい。」(上代文学会常任理事会「抗議声明」)という辛辣で痛切な抗議が見られますが、専門知に対する軽視とご都合主義的な利用に対する危機感に基づく批判が、各学会等の声明に広く見られます。
 しかし、それにも拘わらず、菅内閣の頑なな対応のために解決の曙光すら見えないこと、そのためもあってこの問題に関するメディアの報道が昨年末から減少している上、「コロナ禍」の報道に隠れて目立たなくなっていることもあり、広範な学会等の抗議が国民・人々の間に拡がるには至っていません。

(2)日本学術会議の改革の努力
 日本学術会議は、1948年7月、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし」て創立されました(「日本学術会議法」前文)。同法「前文」のこの宣言は、戦前の学問弾圧とその後の大学・研究者の戦争協力の反省に立ってなされたものですが、「科学者の総意」を結集するために、設立時の日本学術会議は、「立候補・公選」によって会員を選出していました。
 会員選出方法は、その後の数次の法改正で、学協会による推薦制等を経て、会員による直接推薦・選出制(内閣総理大臣による形式的任命)という現行制度に変わりましたが、日本学術会議は、創立の精神に立って「日本の科学者コミュニティを代表する機関」としての責務を果たすため、「日本学術会議憲章」(2008年4月8日)を制定・普及するとともに、会員に加えての2000人規模に及ぶ「連携会員」制度の活用、「日本学術会議協力学術研究団体規程」に基づく2073団体の「学術研究団体」「学術研究団体の連合体」と協力して活動を進めています。
 さらに昨年12月16日には、「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて(中間報告)」(日本学術会議幹事会策定)を発表し、全国2073の「日本学術会議協力学術研究団体」から広く意見を募って、「科学的助言機能の強化」「対話を通じた情報発信力の強化」「会員選考プロセスの透明性の向上」「国際活動の強化」「事務局機能の強化」の5つの課題を設定して、改革と機能強化に取り組んでいます。
 この「中間報告」では、また、日本学術会議の設置形態についても検討するとしていますが、その際、「①学術的に国を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性」の5点を兼ね備えることが必要としています。このことは、日本学術会議の設置経緯・目的とこれまでの活動、諸外国の「ナショナルアカデミー」の事例に照らしても的確な提案と考えられます。

(3)当面する問題と島根史学会での取り組みの意義
 以上の諸点に照らして見ると、菅首相による「任命拒否」の固執、日本学術会議を独立行政法人等に改編するなどの自民党プロジェクトチームの提言(12月11日)は、日本学術会議の設立の精神とそれに基づく安倍内閣以前の歴代内閣の措置(日本学術会議の推薦候補を首相は形式的に任命)に反するものであるとともに、日本学術会議が「日本の科学者コミュニティを代表する機関」としての機能を引き続き発揮するために進めている自主的な改革努力を困難にするものと言わねばなりません。
 この問題に関する最近の報道の減少と国民・人々の間への問題の拡がりの停滞の中で、事態を打開する鍵の1つは、日本学術会議と広範な国民・人々を結びつける役割を期待されている、全国各地の学会・研究会が、それぞれの地域で、それぞれの地域の人々に対して、この問題を広く知らせていくことであり、島根史学会が、菅首相による学術会議会員「任命拒否」問題に取り組む意義と必要性もこの点にあると考えます。
 この学術会議問題を、現在の「コロナ禍」の収束のために政府・自治体が行政責任を発揮することとの関連で言えば、強力で有効な施策を展開するために必須の条件は、民主主義の徹底であると考えます。「任命拒否」とその理由を説明しないという事態は、このような民主主義の徹底という点でも強い不安を覚えるものです。
 以上の見地に立って、島根史学会会長として、菅首相に抗議の意思を表明するとともに、6名の「任命拒否」の理由を説明すること、6名を速やかに任命することを求めます。

島根史学会会報62号を発行しました(61号はしまね地域資料リポジトリに掲載されました)

 島根史学会会報62号を発行しました。内容は下記の通りとなっています。 論文 斎藤 一「近世西中国山地の木地師集団―越境する移動と定住の実態―」 沼本 龍「明治期島根県出雲地域における陰陽連絡鉄道計画―明治31年から明治45年に至るまでの動向―」 西村芳将「戦後島根県の占領記録の...